役員からのご挨拶

炭谷会長挨拶



労働組合 日本
プロ野球選手会

選手会長
炭谷 銀仁朗

日本プロ野球選手会ホームページへようこそ。

2017年12月に第9代日本プロ野球選手会会長に就任しました炭谷銀仁朗です。

日本プロ野球選手会は「グラウンド上で実力を発揮し、最高のプレーを見せたい」「悔いなく選手生命を全うしたい」憧れのプロ入りという切符を手にした者なら誰もが願うこの夢に向かっていくために、グラウンド内や、球界で起こるさまざまな課題に対処し、不安を取り除き、選手がプレーに集中できる環境づくりのために、諸先輩方がつくりあげてきた組織です。

私もこれまでは、そうした想いを共有しながら、一選手としてこれからの球界を担う後輩やこれから入団してくる選手ためにできること、未来のプロ野球のためにできることを考えてきましたが、あらためてそのリーダーの立場からこれからのプロ野球を見つめていくと、様々な課題が見えてきます。

プロ野球はいうまでもなく競争の世界です。競争がフェアなルールのもとで行われれば、選手と選手の実力のぶつかり合いになります。しかし、そこにアンフェアが存在したならば、その選手は納得の行かないまま球界を去ることになるでしょう。

これまで選手会はそのアンフェアを取り除くために、選手の保留制度に関わる問題や、FAの登録日数に関わる制度や、戦力外通告時期の統一など、さまざまなルールを通じて、同じグラウンドで戦う選手の不公平を是正してきました。

また来るべき東京オリンピックや次回WBCなどの国際大会に、これまでの反省を生かして日本プロ野球としてどう向き合うべきかも大きな課題です。
一度、日の丸を背負ってしまえば、選手生命を賭ける覚悟で戦ってしまうのが選手です。実際これまでもその後遺症でシーズンに影響が出たり、実際に球界を去ることになる選手さえいました。
そうした現実も踏まえながら、代表戦のあり方や仕組みについての議論も深めていく必要があります。

また17年シーズンオフから、契約更改における年俸の事前通知がルール化され、まだまだ改善の余地はありますが、ようやく選手があらかじめ考える時間を持って契約更改に臨めることになりました。
選手会は「選手と球団は対等である」という立場で活動を続けてきましたが、こうした対等な関係に近づいていくための課題はまだまだ残っています。

野球が当たり前のように国民的スポーツと言われた時代は遥か昔です。球界関係者のご努力によって、観客動員につながる魅力ある球場づくりや試合演出は行われていますが、野球人口の減少は続いていきます。こうした現実も踏まえながらも、新しい時代にこそ受け入れられる魅力あるプロ野球は必ずつくっていけるはずです。

ファンのみなさんがこのホームページを通じて、プロ野球界で起きる出来事、選手会の活動や選手それぞれの想いを知り、“より野球が好きになる”“もっとプロ野球を応援したくなる”きっかけにつながっていくことになれば嬉しく思います。

今後とも日本プロ野球選手会をよろしくお願いいたします。

労働組合 日本プロ野球選手会 会長 炭谷銀仁朗

大島理事長挨拶



一般社団法人
日本プロ野球
選手会

理事長 松田 宣浩

2019年12月に、一般社団法人日本プロ野球選手会理事長に就任した松田宣浩です。
この一般社団法人は、主に野球振興や社会貢献活動を担う役割の団体として歴史を重ねてきました。
自分も理事長という役割を任されることになり、あらためてこの歴史を振り返りましたが、野球界の転機となる大きな役割を果たしてきていることを改めて実感しました。

特に、プロアマの大きな断絶に終止符を打つこととなった「夢の向こうに」はその代表的な功績です。
60年近くも前に、強引なアマチュア選手の引き抜きがきっかけとなったプロとアマの断絶。以来、お互いの不信感からプロとアマチュアとはその技術を共有するどころか、接触することすら許されず大きな壁が立ちはだかっていました。
その中で、2000年代初めごろから、当時の選手たちが「高校球界に恩返ししたい」、「高校球児にエールを送りたい」と声をあげたことがきっかけで、球児向けのメッセージ集が高校に配布され、それは高校球児と一堂に会しての実技指導シンポジウムにつながり、そのプロセスの中で、関係者のご努力が実を結び、元プロ選手も学生野球指導資格回復のための研修を受けることで道が開けることになりました。
私たちは“野球をひとつに”を合言葉に先輩方が築いてきた実績に敬意を払いながら、これをより球界の発展につなげていく責任があります。

また、“選手ならではのアイデアや行動力で野球界を活性化させたい”という活動も大きな特色です。出身高校のユニフォームを着用して高校球児に応援メッセージを送ったり、オフに現役選手が参加しての独自のファンコミュニケーションイベントの実施や、キャッチボール普及活動、キャッチボールを競技化した「キャッチボールクラシック」の全国展開をするなど一般社団法人の歩みは多岐に渡ります。

選手にとって避けて通れない引退後についても、様々なキャリアサポートプランや、大学での学び直しのサポート、そして現役中にも、徹底して自分の個性や将来イメージと向き合うことで、次のステージを考え、悔いのない現役生活を送るための研修なども行っています。
その結果、現在は野球界に裏方として残るよりも、迷いなく一般社会に飛び出したり、起業する人も増えています。

プロ野球も黙っていてもファンが増えていく時代ではない中で、厳しい競争にさらされています。関係者の努力で、観客動員数は増えていっても、少子化以上に野球人口が減っていく現実もありますが、そうした事実にただ重く向き合っても、自分が理事長になった意味はありません。
多くの球界関係者、全国で野球の裾野を広げてくださっているアマチュア野球をはじめとする、さまざまな方々と手を携えて、野球の未来をつくっていきます。
もちろん現役選手の役割も大きくなっていきます。これから多くの選手と一緒に、野球を知る、ボールに触れる等のきっかけづくりや、野球をはじめた子供たちには、いつまでも野球を好きでいてもらえるために何ができるかを考え、どんどん行動につなげていきたいと思います。

皆さんよろしくお願いいたします。

森事務局長挨拶

森事務局長挨拶

一般社団法人
日本プロ野球
選手会

事務局長 森 忠仁

日本プロ野球選手会ホームページのスタートは2000年12月。当時は選手会の存在自体を知る人も少なく、会がどのような経緯で設立され、球界で何のために、何をしようとしている組織なのか、それを選手の想いも含めて多くの人に知っていただく必要がありました。

開設以降、さまざまなメールが寄せられるようになりましたが、内容は会への意見だけでなく、スタジアムの席の幅についての要望や、優勝決定方式の新たな提案などさまざま。それを通じて感じたのは、球界にはファンの声に耳を傾けるような仕組みがないという現実でした。私たちはそれを契機により開かれた球界づくりのために、選手会だからこそできることは何かを意識するようになりました。

代理人制度導入、WBCやポスティング制度など野球の国際化への対応、ドラフト問題、FA制度改善、戦力外・減額制限超ルールの策定そしてプロアマ問題。ホームページスタート以降に選手会が直面した出来事はさまざまですが、中でも2004年の近鉄・オリックスの合併に端を発する球界再編問題はその最たるものでした。ファン不在で球団削減、1リーグ化への道を急ぐ経営側に対し“ファンも選手も球界の一員”として声をあげ、行動していった選手会は、やがて多くの世論の支持を得て、結果2リーグ12球団が維持されました。
振り返ればこのホームページを通じ、ファンの皆さんとのコミュニケーションを重ねてきた事もそうした支持の一助になったのではと思います。
2015年9月、志半ばで世を去ることとなった松原徹事務局長時代の選手会は、まさに激動の歴史であり、その渦中で選手の未来、球界の未来のために何をすべきかを、選手たちと共に覚悟を持って決断し続けてきた歩みでもありました。選手会を取り巻く環境も対立や波乱の時代から協調の時代へと変化しつつあります。
視点を変えれば、プロ野球を取り巻く現実は、まさに球界一丸となって取り組まなければならない大きな課題に満ちていることの表れでもあります。
「選手と球団とは対等」「選手を一人にしない」選手会の活動を支える精神に基づき、個々の選手に寄り添いながらも、球界発展の一翼を担う会として、これからもさまざまな課題解決に向き合っていきたいと思います。

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