選手の肖像・氏名などに関わる肖像権、または広告出演における肖像権についてご説明しています。
2010年6月15日、日本プロ野球選手会が取組んできました肖像権訴訟において、最高裁判所第三小法廷は、選手側が敗訴する内容の決定を行いました。このような結果になってしまったことは非常に残念ですが、一方で、プロ野球の肖像権問題は何ら解決していません。ここでは、肖像権問題のこれまで、選手会の目指すべき方向をご説明いたします。
プロ野球選手の肖像、氏名などを利用する権利は、その肖像などが選手のものである以上、本来的には選手に帰属するのですが、これまで球団側が50年もの間、管理していました。
しかし、こういった選手の個々の権利について、球団と選手の間で、十分に話し合われてきてはおらず、そのままの状態が続いていましたが、1990年代から、選手の権利意識が高まり始めました。
このような状況の中、2000年に、プロ野球ゲームをはじめとするプロ野球の魅力を外側から盛り上げ、ファンの裾野を広げてくれるような動きに「待った!」をかけるような事態が起きてしまいました。
日本野球機構が、2000年4月から3年間、ゲームに関する肖像等の利用を特定のゲーム会社に独占させる認可を与えてしまったことで、競争によって、続々と魅力あふれるゲームが誕生することにブレーキをかけてしまったのです。この独占期間中に、他社がプロ野球ゲームを制作しようとする場合、このゲーム会社に対し許可を得るような形となってしまったため、他社が野球ゲームを制作しづらくなってしまったわけです。
その後、選手会は、この1社独占状態による弊害を除去するよう日本野球機構と長い間話し合いを続けました。選手会は、日本野球機構に対して、選手の肖像や氏名などに関する権利は選手会が、球団の名称やマーク、ユニフォームなどに関する権利は球団がそれぞれライセンスして、双方が魅力的な商品を作り提案しあって相互のライセンスをし合う対等な体制を作りましょうと提案し続けましたが、これが受け入れられることもありませんでした。
2000年末から2002年8月までの2年近くにわたる長期の話し合いにもかかわらず、状況はほとんど変化しませんでした。また将来にわたって球団と選手とが協力し合った活発かつスムーズなライセンス体制が築かれる兆しもありませんでした。そのため、12球団の選手会でそれぞれ話し合った結果、選手会として訴訟を提起せざるを得ないと判断し、2002年8月26日、東京地方裁判所に、プロ野球ゲームソフトに関する訴えを提起いたしました。
また、プロ野球カードについても、各球団が選手の肖像権を管理し、カードメーカーに対して、ライセンスを行っていましたので、2005年6月14日に、東京地方裁判所に、プロ野球カードに関する訴えを提起いたしました。
肖像権訴訟では、プロ野球選手が所属球団と締結している統一契約書16条に定められた以下の規定の解釈やその有効性が問題となりました。
第16条(写真と出演)
球団が指示する場合、選手は写真、映画、テレビジョンに撮影されることを承諾する。なお、選手はこのような写真出演等にかんする肖像権、著作権等のすべてが球団に属し、また球団が宣伝目的のためにいかなる方法でそれらを利用しても、異議を申し立てないことを承諾する。
この点、この統一契約書16条を読むと、「球団の選手だから球団の宣伝には協力してください!」ということが規定されているにすぎないことから、そのように主張を行いました。
つまり、この条文が述べていることは、次の3つに限られています。
①(撮影について)
球団が求めた場合、選手は写真撮影、映画撮影、テレビ撮影に応じること
②(撮影された”もの”についての権利の帰属について)
この写真撮影、映画撮影、テレビ撮影に関係のある肖像権、著作権が球団に帰属すること
③(撮影されたものの利用について)
この際撮影されたものを球団が「宣伝目的のために」利用してもかまわないこと
特に注意が必要なのは、次の点です。 ①については、明確に写真撮影、映画撮影、テレビ撮影の3つに限定され列挙されています。②については、①をうけ「このような写真出演等」とされており、この3つに限られた権利の帰属であることが明らかです。 ③については、あくまで球団の宣伝目的に利用してもかまわないといっているに過ぎず、「球団のポスターなどに利用してもいいですよ。」と書いてあるに過ぎません。
以上のように、統一契約書の16条を見ても、「球団が選手の肖像を商品化のために自由に利用できる」ことの根拠にはならない、つまり、この条文は、あくまで球団の宣伝のための条文であり、選手の肖像等の商品化という概念を含まない条文だ、と選手会は主張しました。
しかしながら、裁判所は、第一審の東京地方裁判所、控訴審の知的財産高等裁判所、上告審の最高裁判所を通じて、統一契約書16条の「宣伝目的」とは、広く球団ないしプロ野球の知名度の向上に資する目的をいい、球団は、選手の肖像権を球団の宣伝のみならず、商品化にも利用できると判断しました。
裁判所がこのような判断を行った理由としては、以下のようなものでした。
①統一契約書が1951年に制定される以前から、選手の肖像権が使用された商品化が行われており、このような実務慣行をもとに、統一契約書が制定されたと考えられるから。
②統一契約書が制定されて以来、2000年に球団による肖像権管理に異議を唱えるまでは、長期間にわたり、選手は、球団による肖像権管理を許してきたから。
③各球団は、選手に対して、肖像権の使用料の分配を行っており、選手側からは特に明確な異議はなかったから。
選手会は、統一契約書16条の素直な読み方を前提に主張してきた中で、このような裁判所の判断がなされたことは非常に残念です。
一方で、裁判所の判断内容の中には、いくつか選手の肖像権管理に関して、選手の意向に沿うように配慮された内容もあったうえ、肖像権訴訟を提起したことにより是正された問題も数多くありました。
例えば、統一契約書16条3項で、選手は、テレビやCM、雑誌に出演する場合、球団の承諾を得なければならないとされていますが、この承諾について、裁判所は、球団が「不合理に拒絶してはならない」と判断しています。
肖像権訴訟を提起する以前であれば、選手のCM出演に関して、球団が選手が若いからという理由だけで一方的に認めなかったケースなどがありましたが、今後は、合理的な理由がない限り拒否できないこととなり、選手が望む肖像権利用が実現していくものと思われます。
また、肖像権訴訟を提起する以前は、球団が選手の意向を無視して一方的に選手の肖像権を利用した商品を作るなどのケースもありましたが、現在では、球団も選手の意向を踏まえた商品化を行うことが広まっています。
この意味では、肖像権訴訟を提起したことにより、選手の肖像権に対する球団の理解、配慮が強まったことは事実で、肖像権訴訟を提起したことに一定の意義があったと考えています。
ただ、あくまで世界のプロスポーツでは、選手個人が自らの肖像権を管理することは常識であり、プロ野球でいえば、アメリカのメジャーリーグも、韓国のプロ野球も、選手の肖像権の商品化については、選手側が管理しています。選手会としても、今後、このような方向性に向けて、NPBとの間で、引き続き協議を行っていきたいと考えています。
その上で、NPBと協力し、選手の肖像権が利用された、多様なプロ野球ゲームやカード、その他の映像出版物が世の中に広まることで、ファンの皆様にプロ野球を楽しんでいただけることを望んでいます。
選手会は、球団と選手がそれぞれの権利をそれぞれがライセンスし、その上で協力していく体制を目指しています