役員からのご挨拶

嶋会長挨拶



労働組合 日本
プロ野球選手会

会長 嶋 基宏

日本プロ野球選手会ホームページへようこそ。

2012年12月に第8代日本プロ野球選手会会長に就任しました嶋基宏です。2007年にプロ入りした私にとって、日本プロ野球選手会とは、自らの技術を頼みに一年一年勝負を賭けているプロ野球選手が、最高のプレーを見せることに集中する上での問題点を具体化し、臆することなく主張していく。そして自分たちの引退後も、プロ野球が魅力に溢れる憧れの場所であり続けるために何をすべきかをも考えるといった、野球界にとってなくてはならない重要な組織だという印象を抱いてきました。

その中で、会を牽引する選手会長は、球界の一翼を支えるリーダーであり、新井貴浩前会長を含め、さまざまな方々に就任への打診をいただいた時には、まだまだ選手として発展途上にある自分が引き受けるべき職務かどうかについても迷いがなかったわけではありません。

しかし私も一選手として選手会の意義を理解し、活動に参加してきた中で、東北楽天の選手会長であった2011年に東日本大震災が起こり、被災地を本拠地とする球団の会長として、プロ野球選手が、日本プロ野球全体が、何ができるか、何をすべきかを自分なりに考えて来ました。歴代の会長のもとで諸先輩方が球界や、社会の中で築いてきた実績を、今にふさわしい形で、さらに積み上げていくことこそが、自らに課せられた使命であると感じています。

日本プロ野球選手会は、プロ野球が日本屈指の人気スポーツでもあるにも関わらず、選手寿命も短く、社会保障も不十分という不安定な状況に置かれていた選手の地位を向上させるべきとの問題提起から1985年に発足しました。その活動は、冒頭でも触れたように、自分が現役中に享受できる待遇かどうかに関わらず、未来のプロ野球界にとって望ましいかどうか、若い才能が躊躇なく飛び込んでこられる世界であり続けるかといった視点での提言や活動にも及んでいます。

2003年、このホームページで行ったチャリティオークションがきっかけとなってつくられた現役選手たちによる校球児たちへの激励メッセージ集「夢の向こうに」の企画は、関係者の尽力により、高校球児との技術指導シンポジウム「夢の向こうに」へ発展、以来10年の時を重ねて、今、プロとアマの距離を縮め、あらゆる選手経験者が培った最高峰の野球技術を、日本野球共有の財産とすることができる段階に近づこうとしています。

また、2004年の近鉄・オリックスの合併発表に端を発した球界再編問題では、“ファンも選手も球界の一員です”とのスローガンのもとに、このホームページはファンの皆さんとの間をつなぐメディアとしての役割を果たしました。

こうした積み重ねは、東日本大震災後の被災地支援や「ベースボールクリスマス」などファンコミュニケーションイベントの実施等へも生かされ、日本野球機構をはじめとする、さまざまな団体との連携による大きなうねりは、“いつまでも被災地を忘れない”を実現していくための基盤となっています。

ファンのみなさんがこのホームページを通じて、プロ野球界で起きる出来事、選手会の活動や選手それぞれの想いを知り、“より野球が好きになる”“もっとプロ野球を応援したくなる”きっかけにつながっていくことになれば嬉しく思います。

今後とも日本プロ野球選手会をよろしくお願いいたします。

大島理事長挨拶



一般社団法人
日本プロ野球
選手会

理事長 大島 洋平

日本プロ野球選手会のもうひとつの顔、それが野球振興や社会貢献活動を担う一般社団法人です。
“選手ならではのアイデアや行動力で野球界を活性化させたい”そんな想いで活動してきた一般社団法人の歩みは多岐に渡ります。
中でもプロアマの大きな断絶に終止符を打つこととなった「夢の向こうに」は大きな功績です。
プロとアマチュアの接触がタブーだった時代にあって、当時の選手たちが「高校球界に恩返ししたい」「せめて自分の高校時代も振り返って頑張れとエールを送りたい」と声をあげたことがきっかけとなって、球児にエールを送るメッセージ集となり、また高校球児への実技指導シンポジウムが実現、そのプロセスの中で、関係者のご努力が実を結び、元プロ選手の学生野球指導資格回復をはじめとする新しい関係づくりにつながりました。
私たちは“野球をひとつに”を合言葉に先輩方が築いてきた実績に敬意を払いながら、これをより球界の発展につなげていく責任があります。

そして今、プロ野球も国民的スポーツと言われた時代からみれば、娯楽が多様化する中で厳しい競争にさらされている現実があります。2006年から続くキャッチボールプロジェクトや、さまざまなファンコミュニケーションイベントも、野球の裾野を広げるべきという選手の使命感からスタートしましたが、こうした選手の立場から何ができるかを常に考え、未来を創っていく姿勢は今以上に重要な役割となっていきます。
またこれからも子供たちがプロ野球を目標に、野球に打ち込む環境をつくっていくためには、いま球界にいる私たちが才能ある若者が迷いなく飛び込んで来られるような魅力ある場所として輝かせる努力をしなければなりません。
その意味で選手会が取り組んでいるキャリアサポートは、引退後に起きる出来事や先輩たちの事例も含めたさまざまな情報を通じて“いつか来る日”のことを考える習慣づけを球界連携で行っています。
また引退後に備えるだけではなく、現役中に自分の能力を出し切って選手として輝くために何をすべきかを考えるキャリア研修会も2015年オフから12球団の若手選手を対象に始めました。
一般社団法人では選手だからこそ見えてくる、球界の未来に向けた問題点、改善点に着目し、活動を続けてまいります。

森事務局長挨拶

森事務局長挨拶

一般社団法人
日本プロ野球
選手会

事務局長 森 忠仁

日本プロ野球選手会ホームページのスタートは2000年12月。当時は選手会の存在自体を知る人も少なく、会がどのような経緯で設立され、球界で何のために、何をしようとしている組織なのか、それを選手の想いも含めて多くの人に知っていただく必要がありました。

開設以降、さまざまなメールが寄せられるようになりましたが、内容は会への意見だけでなく、スタジアムの席の幅についての要望や、優勝決定方式の新たな提案などさまざま。それを通じて感じたのは、球界にはファンの声に耳を傾けるような仕組みがないという現実でした。私たちはそれを契機により開かれた球界づくりのために、選手会だからこそできることは何かを意識するようになりました。

代理人制度導入、WBCやポスティング制度など野球の国際化への対応、ドラフト問題、FA制度改善、戦力外・減額制限超ルールの策定そしてプロアマ問題。ホームページスタート以降に選手会が直面した出来事はさまざまですが、中でも2004年の近鉄・オリックスの合併に端を発する球界再編問題はその最たるものでした。ファン不在で球団削減、1リーグ化への道を急ぐ経営側に対し“ファンも選手も球界の一員”として声をあげ、行動していった選手会は、やがて多くの世論の支持を得て、結果2リーグ12球団が維持されました。
振り返ればこのホームページを通じ、ファンの皆さんとのコミュニケーションを重ねてきた事もそうした支持の一助になったのではと思います。
2015年9月、志半ばで世を去ることとなった松原徹事務局長時代の選手会は、まさに激動の歴史であり、その渦中で選手の未来、球界の未来のために何をすべきかを、選手たちと共に覚悟を持って決断し続けてきた歩みでもありました。選手会を取り巻く環境も対立や波乱の時代から協調の時代へと変化しつつあります。
視点を変えれば、プロ野球を取り巻く現実は、まさに球界一丸となって取り組まなければならない大きな課題に満ちていることの表れでもあります。
「選手と球団とは対等」「選手を一人にしない」選手会の活動を支える精神に基づき、個々の選手に寄り添いながらも、球界発展の一翼を担う会として、これからもさまざまな課題解決に向き合っていきたいと思います。

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