選手会は、7月17日(日)福島県相馬市で、少年野球教室を開催しました。

選手会は、7月17日(日)福島県相馬市で、少年野球教室を開催しました。相馬氏は福島県の海岸部に位置し、城下町の名残りは伝統的祭りである「相馬野馬追」に残されています。そしてあの3月11日。激しい津波により、他の東北の太平洋に面した地域と同様、街は瓦礫で埋め尽くされ、その後の福島原発による放射能汚染への不安も抱えています。避難指定区域ではないため車は通行できますが、JR常磐線は未だ復旧せず、また福島全体が厳しい風評被害にさらされる中で、岩手や宮城のようには復興に向かえない複雑な事情を生みだしています。そんな閉塞感に子供を巻き込むわけにはいかないと立ち上がったのがマサカリ投法の村田兆治氏。
ロッテ一筋で215勝を挙げ、野球殿堂入りした今も“人生先発完投”をスローガンに全国の離島を対象にした少年野球トーナメントを立ち上げるなど、少年野球の振興に心血を注いでいます。そんな村田氏をよく知る関係者から、福島の子供に何かできないかということで企画されたのが、今回の相馬市少年野球教室。相馬市光陽ソフトボール球場に9歳から12歳までの10チーム、150人の子供たちが集まりました。

選手会松原事務局が以前、ロッテオリオンズのマネージャーであった縁もあり、同時期にロッテのユニフォームを着た田野倉利男氏(元中日・ロッテ)も講師として共に参加して始まった野球教室。指導者とのミーティングでは、松原事務局長より「プロが引退して野球生活を振り返ると、基本を教えてくれた少年野球時代が財産だったという声が多い。選手が大きく育っていくようないい指導者になってください」とコメント。開会式では村田氏からは「うまい子もへたな子も一緒にいてやるのが野球。だからこそ意思表示が大事。声を出すのが大事なのはそのためなんだ」と話し、野球教室のスタートは、ランニングの基本と声出しを徹底指導から始まります。
走塁でひじが上がっていない子や声の出ていない子は即やり直し。そして村田投手のポーズを見ながらリードし、牽制か投球を判断して走るトレーニングには、「お父さんお母さんも見てるだけじゃだめだよ」の一声で、指導者とともに父兄も共に参加。打つ、投げるよりも、まずとにかく声を出し、相手を見、正しく判断して、走るという村田流の基本を徹底させる野球教室となりました。
相馬市少年野球連盟会長の菊池邦啓さんによれば、今回の震災は“少年野球は何のために”という原点に立ち返る契機となったそうです。相馬では毎日子供を野球漬けにして野球が嫌いになる子供をつくらないこと、うまくて練習に不熱心な子供よりも、下手でもひたむきに練習メニューに取り組む子を試合に出すのが少年野球であるとのポリシーで、父兄にも指導者の方針をきちんと説明、納得してもらうことも大事にしているそうです。10戦全勝よりも、5勝5敗のチームにこそ学べる意味がある。日本の宝の芽を摘むことなく、中学、高校へと受け継いでいく。そんな相馬の少年野球が、原点から再出発しようとしています。村田氏は開会式で、ひじの手術から再起し40歳まで続けた野球人生を振り返り「常に成功を確信して、乗り越える力を身につけることは野球以外でも通用する」と話していましたが、“子供たちに挑戦する心を持って欲しい”“努力が報われることを肌で感じて欲しい”というのが村田氏が今回、最も伝えたかったメッセージでした。今回の野球教室ではロッテ(お菓子)、伊藤園(飲料)、山崎パン(パン)、ライオン(消毒液)、アシックス(靴下)の各社様の協力で、物品が提供されました。またお土産として兵左衛門からプロ野球選手の折れたバットで出来た箸「かっとばし」が送られました。ご協力いただいた各社の方々に厚く御礼申し上げます。

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